2012年06月02日

チャウドックからスピードボードでカンボジアへ!

5月31日

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5時半起床。外はまだ薄暗いがカントーの朝は早い。
宿を出て市場の方へ。ツアーすら組んでいない行き当たりばったりだがどうにかなるという確信がある。
と、宿を出て3分くらいでおばさんに声をかけられる。
もちろんボートの勧誘。朝っぱらから精が出ることで。値段を聞いてみると3時間チャーターで10$。昨日宿の親父は20$以下はないと豪語していたが、すでに半額やんけ!

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どうやらおばさんは客引き専門でボート仲間5人くらいで商売しているらしい。
談合組合なので値下げはできなんだ。恰幅の良いおばちゃんとともにメコンへ向かう。
カイランまで朝日が昇り始める中、小さい波に揺られながら進む。岸側はほとんど高床式の家で埋め尽くされており、朝飯をこしらえるお母さんやまだ眠そうな親父が歯をみがいていたりする光景が続く。

小さい船なので中型船が横を通ったくらいでものすごく揺れる。ツアー客を10人くらい乗せた船がサーッと横を通り過ぎる。白人もいたが中国人が多いように思う。


40分かけてカイラン水上市場へ。規則正しく並んでいるのかと思いきや意外と適当。暗黙の了解程度の道はあるが、ゴッチャゴチャしている。船で。
果物屋が多いが、日用品やフォー屋もある。大量のスイカやパイナップルを詰め込んだ船がゆらりゆらりしながら客を呼び込む。客はそこから手渡しで買うわけだ。
朝早いのに活気溢れる水上の市場はいかにもメコン川だ。メコン川は流域の人の生活と密着しているというか、最早メコンありきの人々といえる。メコン川は生活の場であり、食料を提供してくれる場であり、物流を担う場でもある。川と暮らす人々の明るさはなんとも見ていて気持ちのよい爽快さがある。


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この木に刺してある物を売っている。看板だね。

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信号がほしいところ。

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落下するおばちゃんに駆け寄る。

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船上フォー屋のおばちゃん。

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手渡し

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頑張って漕ぎます。

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スイカ屋

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毎日行われる。


遙か中国から続くメコン川。この終点のメコンデルタでは川と共に生きる人々の普段の姿を垣間見ることができる。豊かな田畑で一面グリーンの大平野をメコン川がうねるように流れるその景色は島国育ちの僕からしたら圧倒される勢いがある。この広く長大な川は何万年も前から米や魚、そして文化を人々のために運んでいたんだなあとこの市場の活気を見て思った。やっぱりメコン川は最高ですな。

3時間で船着場へ帰る。
日が完全に昇るとかなり眩しく皮膚がひりひりするのでサングラスと日焼けが気になる人は日焼け止めは必須だ。




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宿の裏の市場へ。フォーだけじゃ腹は膨れない。

なんとこのフランスパン10円!何も付けなくてもうまい。ついでに昨日行ったチェー屋で一杯。とにかく安いので助かる。


宿に帰り、チェックアウト。2日は泊まるといったがあの親父のお世話にはもうなりたくない。二兎を猛烈に追いすぎたために結局9$損したわけだ。
あの親父に正規の料金をぶつけてから小気味よく去ってやろうなんて思っていたがこの日は親父はいなかった。ともかくしこりが残る宿だ。部屋自体は良かったのに残念。


新カントーバスターミナルへ。チャウドック行きのバスを探そうと思ったらまたまた猛烈な客引き。お前らとりあえず体を触るな!腕やら服やらバックパックを引っ張って連れて行こうとする。ここは4社くらいバス会社があるみたいで客引きが殺伐としている。まさに取り合いならぬ殺り合い!客引きどうしで怒鳴り合いの喧嘩が勃発するのもザラ。
地球の歩き方曰く30000ドンくらいからあるらしいがだいたいどこも60000ドンという。またぼったくりかい!と思ったが料金表が珍しくあるところも51000ドン、60000ドンだったし一般客に聞いても60000ドン。
その調査中にも体中引っ張られていらいらする。最凶のやつはTシャツの肩口を無理やり引っ張ったので実は武器にもなるスグレモノの地球の歩き方で一発制裁!
そいつに向かって烈火のごとく怒鳴ると、そいつの上司が出てきて「すまない。すまない。さあこっちのバスのって。」と言いながらさらにそいつを説教し始める始末。

たぶん最初の誰かは知らん奴が強引に客をぶんどったからだろう。その最初の暴挙から復讐の連鎖が始まってこんな凶暴な客引きが当然のように行われるようになったに違いない。
10人くらいに囲まれながら、わざといろんな会社に興味があるように首を突っ込み、そこら中で喧嘩の種火をまき散らしながら歩く。案の定、後ろで喧嘩が始まり、客引きを振り切ったところでかろうじてマシだったところでチケットを買う。60000ドン。値切れなかった。


チャウドックまでは4時間。
小さくてボロいミニバスに客を詰めまくり、しかも止まらないで時速20キロくらいで客を引き上げるので人間がものすごい勢いで車内に飛び込んできやがる。あぶないあぶない。


チャウドックに着きそうになると、なんとバスが走行中にもかかわらず3,4台のバイタクがパパラッチの如く窓を叩きながら追いかけてくるではないか。そして停車とともに・・・


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これが親父バーゲン状態。

だいたいその国を知るには、飯とトイレとバイタクの親父の客引き度合いを見ればわかる。この3つですべてわかるという方程式を確立した。
とりあえず敵の手を払いながら群れを抜け、普通のおじさんに道を聞いてから流しのバイタクで行く。たかってくる奴はほぼぼったくりだ。
地球の歩き方なんかみていると「ぼったくられたって日本円にしたら大したことじゃないから・・・」とか「こんなことで目くじら立ててたらみっともない。」とか書いてあるがしゃらくせい!
どうせ押し切られて結局払わされた奴らの合理化にちがいない。こういうのをのさばらせるから日本人がカモられるんだ。去年、ホーチミンに旅行した際に出会った日本人の女の子がものの見事にぼったくられていた。聞くと日本人の紹介ノートみたいなのを見せられたあげく断りきれなくなって払ってしまったらしい。日本にいた時は物事を断るというのはひどく罪悪視されるが海外ではYESかNOははっきり言わんとイカン。沈黙は「仰せのままに。」と取られる。まあ旅行中知り合った人でバイタクの親父が約束の値をごねて逆ギレし始めたのでぶん殴ったらナイフ出されて死ぬ気で逃げたという話も聞いたのでほどほどにね(^^♪


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ホテルはソンサオ。230000ドンでエアコン、WIFIありでなんとエレベーターまである。最後だしちょっと豪華でも良かろう。なんかベトナム来て宿さがしが適当になってしもうた。中は非常に綺麗で受付もカントーのおやじの真逆で丁寧だ。
すぐ隣りのツアー会社でボート予約。プノンペン行きのスピードボートは5時間だったかで25$。スローボートは10時間で10$。しかもバスもあるらしい。10$ちょいだった。
しかしバスは満員らしく情報も乏しいのでやめておく。やはりメコンを突っ走るスピードボードで決まりじゃ!
僕調べでは22$だったのだがちょっと高いし。ここの奥様は信じられないくらいご丁寧で礼儀正しい。しかも横で可愛らしいお孫さんのローアンちゃんまでいる。
こんな子供の前で値切りまくるのもなんか恥ずかしくなってきたが、泣き落としで店のコーラを一本だけもぎ取れた。俺は何をしているんだろう・・・

カンボジアのイミグレーションでは20$払えばビザは簡単に取れるらしいが、それが23$だったり25$だったりするらしい。まあとりあえずこれでカンボジアに無事いけるかな?



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市場へ向かう。チャウドックはクメール族やチャウ族などいろんな民族がいる町。市場は魚や乾物、野菜など色とりどり、臭いとりどりの並ぶいかにもメコン川っぽい風景。
ベトナム人はあまり気さくなイメージはなかったがここは違う。一歩市場に入れば声をかけられまくる。


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「やめてええ。」「ゲラゲラゲラゲラ!!」

カメラを見つけるなり「写真撮って!!」とオバチャンたち騒ぎ出す。自分を撮るのではなく友達を無理やり被写体へ押す。その友人の恥ずかしがるリアクションを見て一同爆笑。

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他にもちょっと英語出来る人が「あの人のナイスボディーを撮ってあげて!」とゲラゲラ笑う。

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市場はとっても明るい人が多いし、ちょっと川の方へ込み入った路地を抜けると高床式の家々があったりする。(路地マニアにはたまらない)今までの市場ランキングではダントツ一位のとても面白い場所だった。いかにも南国な商品と愉快ないろんな民族の人達。チャウドック市場は最高です。

と、雲行きが怪しいので宿に帰ってエアコン16度で爽快だわあなんかしていると大雨。さすがここまで来ると早いもんだね。
郊外にも寺やモスクがあるらしいが微妙っぽいので残り使える70000ドンをどうしてやろうかと算段したりカンボジア調べたり。


ベトナム最終日にして雨がやまないのでちょっと飯食って今日は早めに寝る。明日は少し早いし鬼門の出入国!!さあ旅もそろそろ大詰め、気合い入れてカンボジア行くべし!


6月1日

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6時半起床。ホテル横のツアー会社から椅子だけやたら豪華なチャリでピックアップ。
市場で最後のフォー食ってパンとリンゴをかじりながら、7時半スピードボードに乗り込む。

客は日本人3人と白人8人。ベトナムの陸をあとにする。ボートは雄大なメコンを切り裂くように疾走する。愉快愉快。


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チャウドック市場周辺は高床式の家が所狭しと軒を連ね、その間から小さい船が人や物を乗せてゆっくりと行き交っている。遠く水平線まで続く営みはとても綺麗な光景であった。ベスト3に入るかな。



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段々人家も少なくなり畑が延々と続く。そしてその先にベトナムのイミグレーションがぽつんとあった。イミグレーションが近づくとスタッフがカンボジアの入国カードとビザ申請書類を配りながら、ビザ代を取っていく。
24$!!!正規の料金は20$だ。案の定のふっかけ手数料。ざけんな!20$じゃろがいというと無視して通り過ぎていった。あれ?他の人は払っているけど僕はいいんでしょうか?少し不安になる。



これがスピードボード

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ベトナムは出国だけなので糞暑い中30分くらい待たされてスタンプ押されて終わり。
いざカンボジアへ。

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そこからちょっと行ったところにボロい船着場が。チラッと見るとトランプかなんかで遊んでいる役人が見える。
ショ・・・ショボイ。ベトナムのはコンクリのしっかりした作りだったが、桟橋は木だし施設も民家みたい。そしてやる気のない職員が遊んでたりぼーっとしている。汚職まみれらしいから気を引き締めよう。

ビザ申請するにも場所がわからずただイミグレーションに並ぶと「ビザはあっち!」という。ふと見るとさっき金を徴収してた野郎はすでに行っていた。
どうやら24$を拒否したのが僕以外にも4人ほどおり、それらには何も教えず一人先に手続きをしてやがった。なんちゅう野郎だ。
どうやら24$払えばこの職員とやたら仲の良い男のお陰で優先的に早く手続きを終えることができるようだ。僕らは待たされる。まあそれだけの違いだ。

そしてこちらも案の定賄賂聴衆が始まる。頭の上にツーリストビザ20$と書いてあるにもかかわらず+1$出せという。結局皆支払わされることになる。たった1$だがスタンプ押すだけで労せずGETできるわけだから一日で結構儲かるんじゃないか?
さっきまでムスッとしていたのに皆が1$を出してくると急ににこやかになり「楽しんでねぇ〜」とかぬかす。これが国家公務員だから呆れたもんだ。前に大阪の水道局かなんかの人が道頓堀で落ちてた財布やらを皆で分けてたので大きな問題になったが優しいものだ。

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ともかく鬼門の入国は無事終り、ただただ何もない水平線の彼方目がけて突っ走る。子供が牛を洗っていたり、漁師が仕掛けを投げていたり、そんなのがたまに見られる。


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出迎えは客引き

1時、プノンペンへ。
実はカンボジアはアンコールワットしか興味がなく、飯も美味しくないらしいので特に長居はしないつもりだった。しかし予定では6月10日までには日本に帰っておきたかったのだが押しまくってわりとケツカッチン。(インドとタイに長くいすぎた。)

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しかしせっかく首都に来たのだからと王宮をチラ見し、トゥルースレーン博物館に行ってみた。


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ここはかの人類史上でも稀にみる残虐なポル・ポトが行った大虐殺の現場である。ポルポトはヒトラーがユダヤ人に行ったことを自国民に対して行った。まあちょっとネットでもみればわかるがその理由も信じがたいものだ。しかしその彼はやはりアメリカ、ソ連、中国などの思惑によって生み出された時代の悪夢のようなものであったわけだ。ベトナム、ラオス、カンボジアはフランスの植民地として虐げられ、それが終わるとまもなくこの大国のメンツの為にボッコボコに利用されて捨てられた。

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ポル・ポト


カンボジアはそのせいでつい最近まで内戦が長く続いていたし未だに地雷だらけだ。でも今のアメリカや中国を見ると結局強い奴が正しいってのが人類の歴史なんですなあ。怖い怖い。

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ここは昔学校だったところを収容所として使用したところで凄惨な拷問や虐殺が行われていたらしい。かなり強烈なグロテスクな展示がたくさんある。実際に縛り付けて棍棒で打ち殺していたベッドがそのまま置いてあったり、逆さ吊りにして拷問していた台や水攻め用の大きな水瓶もそのまま置いてある。

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奥には教室だったところにレンガの壁で一畳ほどの仕切りを敷き詰められるだけ敷き詰めたまさに人をただ収容する部屋がある。そこには人を縛り付けていた鎖が残されている。ここに入るとなぜか寒気がする。

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部屋の所々にあるシミがとても怖かった。



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その時の指導者の一人の写真。罵詈雑言の落書きをされているがそのまま展示されている。



結局ベトナム兵にここが解放された際、7人しか生き残りがいなかったらしい。たくさんの頭蓋骨も展示されているが、頭や顔の部分に大きな穴が開いているものばかりだった。棍棒で殴り殺された人の頭蓋骨のようだ。
カンボジアの歴史はかいつまんだ程度だったが実際の現場に行くととても恐ろしかった。


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そのあとはバスターミナルへ向う。やたら選挙運動みたいなのが大盛況でおなじTシャツの若者達が軽トラの荷台で踊りながら大騒ぎしている。アメリカみたいな選挙運動だけど若い人がこれだけ関心を持っているなんてすごいなあなんて思っていたがこいつらが後でやってくれるとはその時は気づかなんだ。

アンコールワットがあるシェムリアップまでは10$で5、6時間らしい。今は15時。夜になるが明日朝からアンコールワットがゆっくり見られるので早めに移動しておくことに。
バスが出発して・・・・全然進まない。なぜか?奴らだ!!


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選挙カーが何台も何台も続き荷台には踊りまくる若者、大音量の音楽と演説、群がる野次馬、覗き見る運転手、狭い道路、大きなバスに乗っている僕・・・
全く進まない。落ちてしまえ!!と不純な動機で名も知らない立候補者を呪うも市内を出るだけで2時間かかった。その後もスコールやらなんやらでシェムリアップについたのがなんと0時半。


真っ暗なバスターミナルでトゥクトゥクが3台だけ。さすがに焦る。
やたら日本語が達者な奴が躍り出る。最高級に怪しい。1台はすでに家族連れを運び出し、もう1台は全く英語が通じない。こやつに賭けるか。
タケオハウスという日本人宿周辺に安宿があるらしくその辺に行けば一軒くらい開いているだろうと願う。そいつに乗せてもらうと値切ったら1$で良いという。その代わりやたら明日アンコールワットに行くのかと何度も聞いてくる。ガイドでもする気か?適当にあしらおうと思ったが100mくらい進んだところで止まって明日アンコールワットに行くかわざわざ再確認。鬱陶しいので行かないというとじゃあ3$だという。

さいなら〜

街灯の下で寝ていたトゥクトゥクの兄ちゃんを起こし乗せてもらう。日本語でなにか言って追いかけてきたが貴様なぞに一銭もやらんと追い返す。あやしすぎんだよおめえわ!
しかも同じタケオハウス周辺を頼むとさっきのやつと逆方向に進むではないか!!やはりどこの国に行っても日本語うまい奴は怪しい。

タケオハウス周辺に着くとどこも閉まっていた。するとトゥクトゥクの兄ちゃんの知り合いがやっているところなら安いし開いているとのこと。もう1時近いので一蓮托生。
ガーデンビレッジというホテルへ。5$でシングル。トイレ風呂共有なら3$、なんとドミなら1$。WIFIありで白人がやたら多い。立地も良くて市場とパブストリートという飲み屋街も近い。だから白人は多いしこんな時間まで開いているのかと納得。部屋はベニヤ板で綺麗ではないがまあ良しとすっか。


さあ明日はいよいよ最後の目標だったアンコールワットへ!一ノ瀬泰造を偲びながら眠りにつこう。
posted by 小太郎 at 21:39| Comment(0) | カンボジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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